※閉店しました
京成立石ツアーの最中ですが、ここで臨時記事を挟みます。
なぜなら、あまりにも切なすぎて。
2011年
第一回 みますや (宇都宮市)
第二回 魁飯店 (真岡市)
第三回 高橋餃子店 (宇都宮市)
第四回 東湖園 (宇都宮市)→閉店
と来た今年の口コミ調査隊も早五回目。(今年は異様にハイペース)
今回のご推薦者は、毎度おなじみ、某グルメな方からのメール(`・ω・´)b
>老夫婦が切り盛り、築47年。今年夏、道路拡張の為取り壊しの運命。
>鄙びた店内、昭和の香りのする食堂がまたひとつ消えていきます。
>魅惑的なメニュー、オムライス、カツライス、チキンライス、うま煮、冷しそば
>冷し五目ワンタン。一番高いのがカニ玉\1300。
>デフォは太麺、湯麺美味しいだろうなあ・・・。
>冷やしメニューはこの夏、間に合うでしょう(^^
私は、そういうのに弱いのだ。
というわけで
お邪魔しました。大谷街道、ガストとバーミアンの向かい側にあります「福建正 」さん。
こういう食堂テイストのお店って、日曜日休みかと思ったけど営業されていた(@@;
お邪魔します…
あら、ダレもいない。
こんにちはーこんにちはーこんにちはー。
「はーい (´▽`)」
…と厨房の奥から出ていらした奥様とご主人からは、何とも言えない…、こう…
慈愛パワーみたいなのが発せられているようで、私、思わず
・゜・(つД`)・゜・
な顔になってしまいました。
止まった時計、天井に扇風機…
昭和40年代の香りの店内は、四人がけのテーブルが二つに
根性で気合いを入れれば六人座れそうなお座敷が一つ。
メニュー…
うわー。オムライスとかチキンライスとか。
あ、いけない、私は今日は麺類希望なんだ。
一応確認。
冷やし麺って、今日大丈夫ですか。
「大丈夫なんですけど…キュウリ無しでよろしければ…」
キュウリなんて飾りです。偉い人にはそれが分からんのです!
と言いたかったけれど、最低気温がアンダー0℃では、身体が無理だった。
クーラー無しの暑い世界で食べてこそ冷やし麺の神髄。夏にまた来ましょう。
今日は…右から二番目に輝く星、湯麺くださいまし。
「細麺か太麺か選んでください」
太麺。私は何があろうと太麺派でございます。
キター。
すごい、野菜層が厚い。
写真撮っていいですか、と訊いたら、
「えっ」と驚いて、レンゲの位置を「こっちの方がキレイかな」と右に移した奥様はお茶目だった。
いただきます…お、太いピロピロ系だ。
ずずず。
…(ノДT)
なんと言いますか、こう、心の扉を開くというか記憶の扉をノックするというか
そういうノスタルジックな味。
幼少のみぎりの御馳走は、ラーメン屋やってた近所の同級生Iちゃん家の五目ラーメンだった。
あれが、私の心の、今でもいちばん大切な場所にあるラーメン。
あの味を思い出した。そんな湯麺でした。
ちなみに、Iちゃん家はその後、別な場所に引っ越しました。
引っ越し後、一回だけ食べにいったけど、もう場所も名前も分からない…
現実にもどりまして、
スープも優しい味。
ご主人「むかーし、本に載ったことがあるんです。二回くらい」
へー(@@;
見せてくださいますか。
わー!なつかしー!
奥付チラっとしか観なかったんですが、キャツミさんの記事に出てくるこの版 が1994年だから
たぶん、1993年だったと思います。
わー!すごい、五目ラーメン!
おせち料理みたい。
ご主人「もう一冊がこちらです」
わー!なつかしー!
そう、その昔は、「もんみや」「ツイン」そしてこの「うつのみや」が
宇都宮タウン誌御三家だったんだよなー。
もんみやはその後A4版に大きくなり、ツインは婦女子仕様になり、このうつのみやは
休刊となりました。
1991年だって。
まあ、こちらも五目ラーメン。そして、その上にあるのは、私の中学時代の憧れ「北海飯店 」さんではございませぬか。
どちらの本にも書いてあるけど、こちらのご主人と奥様は、ホントーに素敵な笑顔。
お店の壁に、二十枚くらいありそうなセイロを片手に持ったご主人と、赤ちゃんを抱いた奥様の白黒写真。
開店直後(昭和39年)ですか?
「いや、昭和40年かなー」
この写真時点で、既にお二人の顔がキラキラ輝いている…
1993年の雑誌情報で観るに、年中無休だそうな。
40年以上、この場所で、この通りの歴史を観ていらしたのでしょう。
そして、道路拡張…
我が最愛の居酒屋、東力士も再開発の名のもとに消えてしまったっけ。
くそー、涙出てきた。
その半年後を前に、お二人の笑顔はこんなにも素敵。
私も、その歳になった時、こんな笑顔ができる人生を歩みたいものです(´_`。)
そして、こんなお二人へ、食べるしか能が無い私の最大の敬意は
スープ一滴残さず食べること。
ごちそうさまでした。
★★★お店情報★★★
福建正
栃木県宇都宮市宝木町1丁目34
閉店しました