1000円グルメの旅

1000円札一枚で、日本中の美味しいもの食べてみたい。 と、47都道府県をさすらうブログです。

December 2025

先日亡くなった夫は、今年の10月に「余命は年内」と宣告を受けました。
元々の本人の希望もあり、余命は伝えていました。
ただ、そのころは鎮痛剤(モルヒネ系)も効いていたので
「俺、年内余命って感じ全然しないんだけど」と笑ってました。

11月上旬、医師から「最後の退院になると思います」と言われ、帰宅させました。
これから年内、夫が動けるうちに、とにかく夫の行きたいところに行かねばと
可能な限りお店を訪問することにしました。

夫が大好きだったお店の一つがうず-uzu- cafe&日本酒さん。
月に一回だけある「鮨ナイト」にも皆勤賞レベルで参加してました。
7月と8月は夏場で鮨ナイト自体がお休み。
再開した9月と10月は入院期間に当たっていたので、いけませんでした。

11月、夫の体調もまだ大丈夫で、食欲もある。
これがラストチャンスかもしれないと思いつつ、予約をして伺いました。


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夜の巴波川を眺めるなど、「鮨ナイト」が無ければ、なかった体験でしょう。

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そして、uzuさんへ。

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お酒はもちろん飲めないので、お茶で乾杯。

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こちらが「本日のネタ」。

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最初に出てきたこちらは茶碗蒸しかと思いきや

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「飯蒸」。ホッキ貝がコリコリして、ゆず風味が美味しかったです。

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スズキとしめ鯖。
夫はuzuさんのしめ鯖が大好きで、必ず注文してました。
スズキは咀嚼するごとに旨みが溢れてきました。

アイナメの昆布締め(撮影忘れ)。
ぷにぷに食感。

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ブリ。
ねっとり食感。柚子胡椒でさっぱり。

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赤身のづけ。

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カマスの棒寿司。
香ばしい!

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アジの酢洗い。
肉厚で、サッパリ。

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メモ忘れ。
殴り書きが合っているなら、金目鯛の昆布締め。

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穴子の白醤油煮。
最後に笹に包んで炙ってくださるので、ほっこりと香ばしい。

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私がこの世でいちばん好きな寿司、それは「トロタク巻」。

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アラの汁物で締め。

夫はとても満足そうでした。

ご主人には「12月の鮨ナイトもお待ちしてますね」とお声をかけていただき
夫も「ぜひ」と笑っていましたが、
帰宅後、「次回は無理かな」とつぶやいてました。

そして、夕食に出かけることができたのは、これが最後となりました。

自宅での最後の「夕食」の思い出は、最後の入院になる数日前(12月上旬)。
このころは殆ど食べられず、「何か食べられる?」と私が訊いたら
「リンゴが食べたいけど、半分でいい」というので、リンゴを剥いて半分こしました。
夫はソファに腰かけ、シャリシャリとリンゴを食べながらテレビを楽しそうに観て
私はその隣に正座して「この番組面白いね」と声掛けしました(多分、食べ歩き番組)。

なんてことない光景ですが、生涯、リンゴを見るたびに思い出すかもしれません。

★★★★お店情報★★★★
うず-uzu- cafe&日本酒Instagram
栃木市湊町10-12
営業時間&定休日 上記リンクをご参照ください
★★★★訪問履歴★★★★
十回目 
十一回目 
十二回目 この記事





夫の逝去に際し、皆さまにはお心づかいをいただき、ありがとうございます。
初めての施主ということで、情けないくらい何もできませんでしたが
姉夫婦や、夫の妹さんご夫婦、友人たちのサポートで、無事に葬儀を終えることができました。

夫はビニールハウスで栽培する「冬春トマト」の専門農家だったので
夏にトマトの苗を植え、秋から翌年春ごろにかけて収穫となります。

胃がんが見つかり、手術した昨年は「治療に専念する」とトマト栽培はお休みしたんですが
今年は「肝臓に転移しちゃったし、抗がん剤の副作用で手もしびれてるけど、トマトを作りたい。少しの量でもいいから」と希望したので、夫と私の二人だけで頑張ることにしました。

今年のお盆ごろ、夫と二人でトマトの苗を植えている途中に
夫が文字通り倒れてしまいました。
その後入院となり、夫には「トマトはもう諦めていい」と言われたのですが
病院の帰りにトマトハウスに寄ったら、苗はまだ生きてました。

トマトがダメになったら、夫の心が折れてしまうと思い
私一人でトマトの世話を続けることに決めました。

ちなみに、結婚生活約7年で、私がトマトの世話をしたのは結婚して2~3年の間です。
あまりにも不器用なので夫は諦め、
「配達だけ手伝ってくれればいい」と、その後、私はトマトの世話に関してノータッチでした。
「こんなにブランクあるのに大丈夫かな」と不安だったのですが
いざ道具などを手にしたら、意外に感覚で覚えているものですね。
トマトたちはすくすく育ってくれました。

お盆以降、夫は入退院を繰り返すようになりました。

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10月16日、無事に初収獲できたころ
担当医師に「余命は年内と思ってください」と宣告を受けました。

食事制限はなくて、病室にトマトを持ち込んでもいいと許可を得ていたので
お見舞いの時に食べてもらって「合格点」と笑ってもらえたりもしました。

12月に入り、目に見えて夫は弱っていきました。
トマトどころかお粥も口にできず、喉を通ったのはコーラだけ。

そして、朝3時15分に病院から「奥さんを呼んでます」と連絡があり
駆け付けることができたのが3時45分。
その約1時間後に息を引き取りました。

もう動かない夫を連れて病院から帰宅するとき、トマトハウスの脇を通りましたら
暖房のため、重油を燃やす煙がのぼっていて
トマトが夫を悼んでいるように感じられました。

枕元にトマトを供えることも、棺にトマトを入れることもできて、「一人で大変だったけど、トマトを育てることができて良かったな」と心から思いました。

夫は今ごろ、痛みや辛さから解放されて、ゆっくりトマトを食べてくれてるかなと思います。
きっとお酒も飲んでますね。
大好きだったのにここ数年禁酒でしたから、お酒も一緒に入れてあげたのです。

夫がやり残したことや、引き継いだ私がやらねばならないことがあまりにも多すぎるので
ブログはポチポチと再開したいと思います。

今日も、トマトハウスの暖房装置が故障して、
トマトたちも夫と共に旅立ってしまうのかと覚悟したら、無事直りました。
暗闇の中、ヘッドライトをつけながら修理してくださった業者さん
重油を大急ぎで手配してくださった(重油が無くなっていたのが故障の原因)石油販売会社さん、ありがとうございます。

冬春トマトのシーズンが終わる3月くらいまでは、なんとか頑張って世話をして
この手で最後のトマトを夫のそばに送ってあげたいと思います

引きつづきよろしくお願いいたします。



先日、夫が静かに息を引き取りました。肝臓がんでした。

昨年夏にステージ3の胃がんが見つかり、手術はできたものの
すぐに、肝臓に転移してしまいました。
転移の段階でステージ4なのだそうです。

奇跡を信じながら、せめて残された日々を悔いなく過ごさせていこう、生きていこうと決めました。

トマト栽培も休み、抗がん剤などの治療に専念しながら
思い出作りで、「ナカスイ!」の青春アドベンチャーの収録を夫とともに見学させていただいたり
今まで夫が行ったことのないというファミレスモーニングに連れていったり
大好きなお店にも最後にご挨拶がてら食事に行けました。


青春アドベンチャーの収録で私が涙しましたのは
思い出作りに間に合ったということもあります。


私自身、今までがん闘病の経験のある家族がなく、身内を看取った経験もなく
どうしようと悩みましたが
がんサバイバーの方や、がん患者のご家族がいらっしゃる方にアドバイスを受けることができ
最期は手を握って看取ることができました。

私たち夫婦を支えてくださったみなさまに感謝いたします。

ありがとうございました。

村崎なぎこ


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